言葉のおもちゃ箱

心を通過した言葉を綴っています

【詩】鳴らない

電話ごしでいつも笑ってた

ただ声をきくだけで幸せだった

冬の車内や夜の家路や

さむい台所で立ったまま何時間でも話した

話疲れても切ることができなかったよ

眠る間際まで君の声が頭に響いていた

それは幸せな夢への入り口となって

結果としてわたしは片時もあなたから

離れられなくなった

 

好きだと言われても

電話越しじゃ信じられないよ

恋人がいるはずじゃなかった?長い髪の

赤い車に乗った人

一度だけ見たことがある

わたしたちはそういうんじゃないでしょって

壊れそうな心臓を抑えて言ったけれど

あなたはどう思ったのかな

電話を切っても手が震えていた

だけどいつもよりも明日が楽しみで

息ができるだけで嬉しい気がした

 

遠くの未来で電話が鳴る

 

それは耳をすましても聞こえない音だ

 

冬の車内や夜の家路や

さむい台所で立ったまま何時間も待った

だけどあの日からあなたからの電話はない

嫌いって言ったわけじゃない

わからないって思っただけ

声をきけばなにもかもが元に戻ると思うのに

あなたに繋がる番号を押せない

もしも前と変わってしまっていたら

もしも声すらも聞けなければ

はだしの爪先が凍えて動かない

白い指先が怯えて進まない

沈黙の中で冷蔵庫が低くうなる

息をするだけで苦しい気がした

 

まだ鳴らない

 

どんな小さな音でも聞き逃さないのに

どんなに遠くに離れていても

きっとすぐに気づく

あなたの声を受け止めるだけの耳になる

あなたの声の形に馴染んだ耳になっている

 

結果としてわたしは片時もあなたなら

離れられなくなった

今になってもずっと

 

まだ鳴らない