言葉のおもちゃ箱

心を通過した言葉を綴っています

【詩】旅

君の言葉は持ち重りがするから

ここに置いていくね

ごめんね、せっかくだけれど持っていけないんだ

きっと長い旅になる

 

運命ってことばが

好きな君だから

きっとまた会えるよ、とか、そういうことを

言えば笑ってくれるだろう

わかってるよ

だけど何も言わずに行くね

きっと長い旅になる

 

君の目

君のえくぼ

君のてのひら

君の足首

きっと忘れないよ

だから僕をどうか引き留めないで

目を閉じればまた会える

何度も何度も

何度でも

 

君の言葉は持ち重りがするから

ここに置いていくね

君も全部置いていくといいよ

その方が身軽だから

新しく見つけた物を持って歩きやすくなる

どんなものを見つけても

好きになっても

これからは君の自由さ

 

だって、僕ら、別々の道をゆく

 

きっと長い旅になるよ

【詩】日々の糧

誰かに荒らされる前に

自分でめちゃくちゃに荒らす

めちゃくちゃに荒らしたらそこに種をまいて

雨が降るのを待っている

 

もやもややいらいらや

きらきらやうきうきを

肥料にして

なにかが実るのを待っている

雨だけは神頼み

それくらいは許してよ

 

ちょっと待ってそこはだめ

うちの領地だからそこはだめ

警笛の代わりにギターをかきならす

見回りだけはきっちりやっている

その間に肥料のやりすぎで

芽が死んで

焦燥感に突き動かされて、また

自分でめちゃくちゃに荒らす

めちゃくちゃに荒らしたら種をまく

 

雨乞いは得意じゃないけど

降ってもらわないと困るしね

たまに微笑みの時雨

まれに労りの豪雨

降りすぎたら降りすぎたで

芽が死んで

焦燥感に突き動かされて、また

自分でめちゃくちゃに荒らす

めちゃくちゃに荒らしたら種をまく

 

隣の畑は実ったなぁ

収穫する女性と会釈かわす

焦燥感に突き動かされて、また

めちゃくちゃに荒らしたくなったけど

やっと出てきた双葉がいとおしくて

なにもせずに眺めてた

 

誰かに荒らされる前に

自分でめちゃくちゃに荒らす

めちゃくちゃに荒らしたらそこに種をまいて

雨が降るのを待っている

 

今日もギター片手に見回りに行こう

 

そんな風に生きている

 

【詩】鳴らない

電話ごしでいつも笑ってた

ただ声をきくだけで幸せだった

冬の車内や夜の家路や

さむい台所で立ったまま何時間でも話した

話疲れても切ることができなかったよ

眠る間際まで君の声が頭に響いていた

それは幸せな夢への入り口となって

結果としてわたしは片時もあなたから

離れられなくなった

 

好きだと言われても

電話越しじゃ信じられないよ

恋人がいるはずじゃなかった?長い髪の

赤い車に乗った人

一度だけ見たことがある

わたしたちはそういうんじゃないでしょって

壊れそうな心臓を抑えて言ったけれど

あなたはどう思ったのかな

電話を切っても手が震えていた

だけどいつもよりも明日が楽しみで

息ができるだけで嬉しい気がした

 

遠くの未来で電話が鳴る

 

それは耳をすましても聞こえない音だ

 

冬の車内や夜の家路や

さむい台所で立ったまま何時間も待った

だけどあの日からあなたからの電話はない

嫌いって言ったわけじゃない

わからないって思っただけ

声をきけばなにもかもが元に戻ると思うのに

あなたに繋がる番号を押せない

もしも前と変わってしまっていたら

もしも声すらも聞けなければ

はだしの爪先が凍えて動かない

白い指先が怯えて進まない

沈黙の中で冷蔵庫が低くうなる

息をするだけで苦しい気がした

 

まだ鳴らない

 

どんな小さな音でも聞き逃さないのに

どんなに遠くに離れていても

きっとすぐに気づく

あなたの声を受け止めるだけの耳になる

あなたの声の形に馴染んだ耳になっている

 

結果としてわたしは片時もあなたなら

離れられなくなった

今になってもずっと

 

まだ鳴らない

【詩】わたしの頭の中

今日

手を繋いで歩いたね

てのひらのあったかさと

風のつめたさが心地よかった

金木犀のにおいがしていたね

夕陽がたっぷりとわたしたちを包んで

くっついた長い影が遠くまでのびて

わたしこのままこの先も

ずうっとあなた一緒なのかなぁって思ってたら

これからもずうっと一緒にいようねって

微笑んでわたしを見た

きみのこと

 

乱暴に抱き締めて

さらっていっちゃいたかったな

きつく手を引いて

あなたがプリンセス

わたしが怪盗

飛ぶように町を駆け抜けていくの

きっと誰かが追いかけてくる

それはきみやわたしの大切な人かもしれない

でもそれでもわたしたちは足を止めないの

ずっとずっと遠くまでいくの

からだが羽のように軽くて息も乱れない

走りながら時々キスをして

足元ではじける星々を蹴って進んでいく

船になった月にも乗ってさらにさらに遠くまで

 

いきつくところまでいったら

そこで小さなおうちを借りて暮らそうね

ドレスもマントも脱いで堅実に

明日の幸せだけを願って生きよう

金木犀の木も植えよう

甘い香りがお気に入りだから

 

改札で手を振るきみを見つめながら

わたしお話の続きを考えてます

 

明日話すね

【詩】あの頃

いつものことだけれど

あの日のことをこんな風に思い出すなんて

思いもしてなかったよな

いきなりあかるく

いきなりあふれかえって

僕は驚いて息をのむ

あらがいようのない記憶の中で

 

母の作った卵焼きの味

暇潰しに眺めてたマンションのエントランス

汗で濡れたえりあし

風のにおい  風の音  自転車のグリップ

あの坂を下る時はいつも息を止めていた

世界一孤独で

世界の真ん中くらいに不幸だと思ってたなあ

学生服を着ていたあの頃

 

でも不思議なのは

君のことをもうはっきりとは

思い出せないことだ

あんなに探して  あんなに見つめて

見ていないときでも心の中でなぞって

いつか触りたい小さな手とか

いつか聞きたいやわらかな胸の曲線の奥の

心臓の音とか

考えて考えて考えて

僕は毎晩夢の中で君に会っていたよ

世界一不恰好で

世界の真ん中くらいに幸福だと思っていたなあ

学生服を着ていたあの頃

 

きっかけはなんでもいい

朝目覚めた瞬間とか

電車で座っていて爪先を眺めてる時とか

頭の中の小さな小さな箱が開くんだ

あの日のことをこんな風に思い出すなんて

思いもしなかったよなあ

なんでもないふりして窓の外を見てる

いつかこの景色も思い出すのか

僕の体のどこかにしまいこまれて

唐突にぱっくりと僕を飲み込むのか

 

君のこと  ひとつだけ思い出したよ

鞄についたリンゴのキーホルダー

息を止めた坂道ですれ違った時

僕の手の甲をやさしくかすめていったんだ

風のにおい  風の音  自転車のグリップ

学生服を着ていたあの頃

 

 

 

【詩】朝と歯ブラシ

冷たさに慣れた

冬の朝の洗面台

もう1本の歯ブラシはなんとなく捨てられずに

わたしの歯ブラシと一緒にコップの中

 

なにか思わないといけないのかなぁ

あなたがいないことに

わたしはなんにでもすぐに慣れるの

凍てつく指先がなかなかあたたまらなくても

わたしは泣いたりしないの

 

ストーブをつけて

パジャマのままで前にたつ

あなたってわたしを後ろから抱き締めるのが好きだったよね

わたしもそれが好きって知ってたよね

 

なにか思わないといけないのかなぁ

あなたがいないことに

わたしはなんにでもすぐ慣れるの

出ていく前の頃はやたらと後ろから抱き締めてくれたよね

なんでか分かっていたんだよ

 

冬なら雪がいいな

あかるく晴れて鳥が遊ぶような日は

励まされているみたいで嫌だな

わたしはもう慣れてしまってたよ

あなたの横顔も

あなたのてのひらも

少しずつわたしのものでなくなってたこと

あなたがいなくなるずっと前から

 

冷たさに慣れた

冬の朝の洗面台

出かける支度をしてたら体もほぐれて息ができる

鏡の前に立つと目にはいるけれど

あってもなくてもどちらでもいいみたい

あなたの歯ブラシ

だって邪魔にもならないし

 

なくてもあってもどちらでもおなじみたい

なにか思う必要もきっとないよね

 

うなじで今もあなたの息づかいを感じられる

 

【詩】ゆで卵

どこにも行きたくない

なにも話したくない

ゆで卵ばかり食べて

いつか白と黄色のきれいな体になりたい

体育座りで泣いていたい

泣いたまま眠っていたい

眠ったまま命を消費したい

だけどそれは叶わない

 

誰かと幾千万の言葉を交わしても

誰かと何万回の抱擁をしても

満たされることのない

体のなんて不自由なことよ

卵を取り出して鍋に落とす

水をはって火にかける

ゆで卵ばかり食べて

その清らかな栄養だけで満たされたい

 

君のしずかな声をききたい

きいたまま死んでいきたい

君のあたたかいてのひらを触りたい

触ったまま死んでしまいたい

だけど今日も目は開いて

生きるために卵を茹でてる

君の声もてのひらも今はそばにない

ゆで卵ばかり食べて

体の芯から少しずつ飢えていきたい

 

君だけでいいと言いながら

きょうもまた別の誰かと笑い合う

明後日もまた違う誰かと抱き合う

眠れずにもがいて

狭い小屋でひしめきあうにわとりのことを考えた

夜明けとともに目を覚まし

辛辣な声で鳴くだろう

わたしは冷蔵庫の扉をあけて

今日も卵をひとつ茹でる

 

いつか誰にも聞こえない声で

君にわたしのほんとうを教えたい

ほんとうのうそを

 

ゆで卵ばかり食べて

頭のなかに殻のかけらが散らかっているんだ